久々にホームページを更新したことで、パソコンに向かう時間が増えました。やっぱりスマホの画面は小さすぎて、更新作業の効率が悪いですね。
ホームページなどのプログラムは、何かを作る作業ではあるのですが、出来上がったものに実体がない。触れない。パソコンのディスプレイを通して視覚的には作った内容が確認できるけど、モノではない。
実体がない、という意味では、人の考え、想像上の世界と同じですね。システムや、組織といった概念とも通じます。ただ、それらはプログラミングから作られる訳ではない。存在が先にあり、概念図などで可視化される。
そう考えると、ホームページを作る作業は、すごく興味深いモノに思えます。テキストから、パソコンという媒体を通してモノを作る。テキストから、概念としての世界、システムを作る。
帽子や家具などは、あくまでも材料の加工に過ぎないけど、プログラミングは、完全な概念の置換が行われる。
HTMLを打ち込んで、画面に画像やカラーが表現される喜びは、実体を扱う手芸や大工作業とは質が違っていると思います。音楽も特殊ですね。
プログラムで作られた概念的な世界が、このネット上の全てです。バーチャルな世界。SNSは、実体としての交遊関係がなければ、完全なバーチャルですね。その世界から一時的な満足、または収益は得られるかもしれないけど、そこに幸福に繋がる本質的な価値はないと思う。
バーチャルな世界でも、お金という概念は意味を持ちます。お金(経済)って、人類にとっての最大の発明だと改めて思いました。
ただ、私を含む人間は、概念的な存在ではありません。生身の肉体を持った、実体のある存在です。それを意識しないで生活を送ると、何かと不具合が生じる。人間は、社会のシステムや組織を構成する要素ですが、自分を概念としての存在であることを優先する(させられる)ことにより、心身を蝕む結果となる。人が致命的な傷を負うのは、実体のあるモノからではなく、強力な力を持つシステムや組織などの概念からなのだと思います。
残念ながら、私の周りにも自分自身を損なっている人が、けっこうたくさん見受けられます。
何をすれば幸せになれるか。そんな問いへの回答を私は持ち合わせていません。
しかし、実体としての自分の存在が、概念としての自分の存在に潰されないよう常に意識してバランスを保つ努力をすることは、幸福に一歩近づく一つの方法だと確信しています。
一人一人が真剣に幸福を追い求める姿勢こそが大切である。
私が息子たちに伝えるべきことは、そんなことなんじゃないか。そう考えています。