誰でも、自分の家や部屋にいるときは安心します。
鍵をかけた部屋は、外部から侵入される可能性が低くなり、敵から身を守る閉じた空間になります。
ただ、それは外部からの遮断と表裏であり、外の出来事、自然との触れ合い、友人との接触などからの隔離を意味します。
このことは、一個人の心・精神においても同じことが言えると思います。
精神という空間を、どの程度閉じて、また開いていくのか。その決め方が、その人の在り方を決めるのだと思います。
私自身はどうかと言うと、ドアを開けっ放しにはしてませんが、ドアをノックされたらなるべくドアを開けるようにはしています。また、なるべくなら、周りと仲良くしたいと思っていますので、時折、自分の部屋に人を招くこともあります。
他人に対してはどうか。オープンマインドな人は、割と苦手だったりします。どちらかというと、ドアや窓をキチンと閉めるような、物静かなタイプの人と話すのが好きです。あまり話さない人ほど、心の中に面白い引き出しを持ち合わせていたりするからです。
物静かな人は、コミュニケーションを拒否している訳ではありません。たぶん、基本が「待ち」の姿勢なだけだと思います。
私の周りには、物静かではなく、周りと関わりたくないと思って生活している人もいます。そういう人は、何となくそのようなオーラを出しているので、直感もしくは挨拶程度のやり取りで判断できますね。
この直感。すごく大事だと思います。
誰かと仲良くなりたいとき。この人とは付き合わない方がよい思うとき。人は直感でこの峻別を行っています。それは、ほぼ本能と言うべきものなのだと思います。
人間も動物。最終的には、本能が自らの命を守る。
「誰とでも仲良くしなさい」というのは、浅い人付き合い方では正しく、深い付き合い方においては間違った言葉だと思います。ほんとに深い付き合いができる友人は、限られた時間の中では、少ないのが当然ではないでしょうか。
さて、今日は久々に早起き出来たので、ジョグに復帰します。
少しずつ距離も延ばして行きたいです。