1000日近く続けてきた毎日投稿が途切れて10日以上経ってましたね。また、今日から再開です。
身近な人たちにはお知らせをしていましたが、先日、父親が急逝し、昨日まで仕事もお休みして葬儀から諸々の手続きを行っていました。突然の出来事だったので、バタバタし過ぎてこの10日間の記憶が定かじゃないです。今日から仕事にも復帰して、気持ち的にもようやく日常へ一歩、踏み出せた感じです。
妹の時もそうでしたが、父親とも離れて暮らしていたせいか、まだ、父が他界したという実感が湧きません。よく、長い旅に出るという表現が使われますが、まさにそんな感覚です。いつか、ひょっこり帰ってくるのではないか。死別ではなくても、もう二度と会うことがない友人だっている。それも似たようなものなのかな。
人と出逢えば、必ず別れが来る。私もそれなりの時間を生きてきたから、それは理解しているつもりです。でもこうして別れの場面に遭遇すると、別れというものがなんなのか、よく分からなくなってくる。いなくなってしまった人の残した物や記憶は、私が生きるこの世界に残り続ける。その人の肉体は消えてしまったかもしれないけど、その人を形作っていた物や記憶などの情報がある限り、その人の存在が消えたなくなることはない。むしろ、姿が見えなくなったことで、その人が生きてきた証というものは、家族や友人たちの心の中で、悲しみという心の動きを伴って、より強く輝くものだと思う。
まだこうして生き続けている私には、誰かの分まで生きるほどの余裕なんてない。だからせめて、自分の人生くらいは精一杯生きたい。そう思います。
8+
“少しずつ、日常。” への2件のフィードバック
俺もね。ばーちゃん、元気かなーとか、アリス、元気かなーとか、思うよ。時々
そうよねー。思い返すことでまた、考えることあるんだよねー。会えるときに会っとこうと、改めて思ったわ。